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2021年10月20日 防水ジャーナル
2021年10月20日 防水ジャーナル 予防保全と事後保全
昨年の健康診断で、一度専門医に診てもらうようにとアドバイスを受けたが、忙しいことを理由にしばらくそのままにしておいた。その結果、突然、脳梗塞に襲われた。幸い、近くにいた人が気づいて救急車を呼んでくれた。緊急手術の結果、事なきを得たが、何のために健康診断をしたのかが疑問になる一幕であった。早期の病気を発見するために健康診断をしているのは、まさに予防的な措置をするためである。診断結果 を素直に受け止めたいものである。
構造物の診断では、予防保全と事後保全という言葉がある。予防保全の方が事後保全より効率的で経済的であるが、予防的措置をするには、 構造物の劣化を将来予測する必要がある。劣化の進行を予測するにはそれなりの技術が必要であり、劣化対策を早めにやり過ぎると無駄になり兼ねないし、遅きに失すると大変な費用が掛かることになる。
構造物の健康診断は、例えば橋梁であれば、どこが痛むと致命的になるかを考えて点検を行うが、外観だけで点検をすると劣化が見つからないことが多い。そのため打音検査がよく用いられるが、打音検査は、すでに損傷が表れている危険を察知するものであり、静かに劣化が進行している事象は察知できない。鉄筋コンクリ ー トの劣化は、内部の鉄筋が腐食膨張することでひび割れが生じて劣化が進行するが、ひび割れが生じた段階では、すでに鉄筋の腐食がかなり進行していることになる。鉄筋の腐食は、塩化物イオン鶯が高濃度に達するか、コンクリ ー トが中性化して腐食環境になった時点で始まるが、水と酸素の存在で腐食膨張が生じる。このような状況になったことを確認することはそう容易ではない。一見、健全そうに見える段階で劣化の状況を見極めることは、塩化物イオンの侵入の量を調べるか、中性化深さの調査が必要となる。つまり、コンクリートの状態を微破壊で調査することが必要となる。外観調査だけでは知ることができない。安価な微破壊調査を行い、劣化の進行を予測することが鉄筋コンクリート構造物の健康診断として必要となる。
事前の予測が困難であると事後の対応になる。 健康診断をしないで、具合が悪くなってからの治療は大変である。費用もかかるし、治るまでの時間もかかる。鉄筋コンクリート構造物も同様である。鉄筋が腐食してしまうと、腐食を止めるための措置が必要となり、鉄筋の断面が減肉していると補強のための鉄筋が必要となる。はつりだしての措置が欠かせないため、費用はかさむし時間もかかることになる。
健康診断で具合が悪くなりそうな箇所を見つけるのは技術が必要である。血液検査,尿検査などのほか、レントゲン検査、内視鏡を使うこともある。最近ではMRIやX線、CTなどを駆使して見つけることができるが、高度な検査装置を使う必要がある。構造物の検査でも次第に高度な装置が開発され、内部の鉄筋の位置や直径だけでなく、腐食の状態を非破壊で調査できる。例えば、 塩化物イオン濃度の分布を、拡散方程式を用いて将来予測することで、鉄筋の位置での塩化物イオン濃度が腐食限界濃度に達する時期が予測できるし、中性化深さが鉄筋の位置まで未達でも、何年後に腐食環境に達するかも予測可能となっている。腐食の進行を予測する技術はかなり精度が良くなってきた。
検査に費用をかけて予防保全を行うべきか、ぎりぎりまで使える状態として対処するべきか、さらに劣化が進行した構造物を補修するより更新した方が望ましいと判断するか、維持管理の費用をどのように掛けるかが問題であるが、早めの判断が望ましいことは自明である。なお、人間は橋梁のように架け替えができないため、費用をかけて予防的な対応をすることが望ましい。予防保全が多くのインフラで当たり前のように行われることを期待したい。